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前回、擁壁のある物件の設計段階や価格形成の問題について触れました。
今回は、主に擁壁や崖の「所有者責任」について考えてみたいと思います。

崖地部分の管理責任は所有者が負うことに

購入しようとする不動産(土地)に、斜面部分(以下「崖・擁壁」などと言います。)が含まれているとすれば、それが自然状態のままの崖なのか、擁壁工事をした状態なのかに関わらず、その管理責任は所有者が負います。

仮にその崖・擁壁が崩れ、その影響で崖や擁壁の下に位置する隣接地権者などに被害を与えた場合、所有者はその損害賠償責任を負わなければなりません。

【事例1】逗子市の土砂崩れ事故(2020年2月)

2020年2月に起きた逗子市の土砂崩れ事故は、とても教訓になります。

道路を歩いていた高校生が土砂崩れに遭い死亡した非常に痛ましい事故でしたが、第一義的には崖地部分の所有権を持つ一般住民に責任があることが、ニュースとしてクローズアップされました。単にマイホームとして購入しただけの一般の方なのに、賠償責任を負うということが、当時話題になりました。

素人である一般の方が、分譲した不動産会社等に求償する訴訟を起こすかどうかは別の次元として考えるべきことで、まず矢面に立つのは所有者なのです。

【第8話】擁壁がある物件の問題点 後編
(↑逗子市の修復工事中の現場。2021年4月撮影)

【事例2】近鉄生駒線脇の宅地の擁壁崩壊事故(2017年)

他にも、人命には関わりませんでしたが、2017年の台風21号の際に起こった奈良県三郷町の近鉄生駒線脇宅地の擁壁崩壊事故も同様です。

3~4日間電車が不通になり、調査の結果、宅地側の擁壁に問題があり、その所有者すなわち住人である一般の方々に責任があるということになったのです。

これも、仮に擁壁の施工不良に原因があったとしても、宅地造成した不動産会社を訴えるかどうかはその所有者たちが二次的に行うべきことです。

もし施工不良の原因を疎明できなかったり、その不動産会社が既に倒産したり業況悪化したりしていて補償能力が無ければ、結局は現所有者たちが責任を被ることになるでしょう。

そういったことから、安全ではない崖・擁壁の含まれる土地を購入してしまうということは、そのリスクごと引き受けてしまっている、という言い方もできます。

なぜ擁壁のトラブルに巻き込まれてしまうのか?

さて、これらは非常に重要な原則論ですが、自宅として不動産を買う一般の人々にそこまでの知識が無いということはある程度やむを得ない面はあります。

しかし、不動産投資をしようとする人であれば少なくとも意識すべき重大なポイントであって、投資の判断材料の1つとしてこれらのリスク量を測ったうえで、最終決断を下す必要があることは言うまでもありません。

ところが、過去に私が見たローン申し込み案件のいくつかにおいては、初心者の不動産投資家の方々の意識がそこまで及んでいないと思われる事例が多々ありました。

① 購入前に現地の物件を見に行かない
② 土地の境界を意識しない取引が増加
③ 保険料を節約しようとする
④ ハザードマップを見ていない

以下、これらを詳しくお話しします。

①購入前に現地の物件を見に行かない

「現地を見る」という行為は、不動産投資においてもっとも基本中の基本と申し上げたいです。これは崖や擁壁の点に限らないことですが、とにかく現地を見に行くことは自身の納得のためにも絶対に必要な行動でしょう。

現地を見たところで専門家ではないのでわからないこともあると思いますが、一般の人が受ける印象にも意味があります。例えば、あまりにも高い擁壁や崖が背後にあったら、入居者としてどう感じるか、なども投資判断上では重要な要素であり、それは概ね共通の感覚でしょう。

なお前回コラムのとおり、どんなに高い擁壁でも正攻法で造られていれば比較的安心であり、反対に、2m以内の擁壁でも不法な施工方法で造られていれば危険なので、安全性を判断することは専門家でもなければ実際難しいです。

しかし、現地を見た印象を頭の中に持っていれば、不動産会社に尋ねる機会はあります。見ていなければ何の印象もないので、不動産会社に質問すらできません。

もちろん、相手が悪徳な不動産業者だった場合はよいことしか言わないでしょう。手前みそですが、危険性が高い場合は、われわれ金融機関が第三者の立場で冷静に助言させていただくケースもあります。そういった意味では、セカンドオピニオンとして不動産に強い金融機関に意見を求めるのも1つの手段だと思います。

②土地の境界を意識しない取引が増加

土地の境界を意識しない取引が増えたことは、憂慮しています。

投資用不動産の業界では、境界確定などの面倒な作業に労力を使わずに安易に取引が完了する道を選びがちなのか、境界確定していないまま、あるいは、確定を決済までの条件にしないような売買契約が多くなっています。

もちろん、しなければいけないという義務ではないですが、境界確定していなければ、どこまでが自身の敷地で、どこまでが自身の所有する崖・擁壁なのかわからず、自身の責任の範囲を把握できません。

所有者責任がある限り、自身の責任の範囲をしっかりと把握し、その崖や擁壁の形状などから安全性を判断したうえで購入決断をすべきです。

【第8話】擁壁がある物件の問題点 後編

上図において境界位置は、基本的にはAやBが一般的です。上側の土地の立場から見れば、自分の土地を支える斜面の部分(擁壁や崖など)を自己所有している状態が好ましいのであって、Aが理想なのですが、地中部分越境状態でのBの事例も世の中には多くあります。

しかし、土地の歴史は複雑な経緯や近隣事情が絡み、境界問題において必ずしも合理的ではない面もあり、少数ながら、CやDの事例もあります。

Cの場合は崖地の境界線上に擁壁を造ったものと考えられますが、両者で費用負担したものであれば共有しているものだと思います。片方だけの負担ならば、おそらく片方の所有権であって相手方に対して半分越境状態であると言えます。

これらは境界「塀」の権利関係にも似ており、そもそもの土地の所有権の範囲と、その範囲内に立つ擁壁自体の所有権とが必ず一致しているとも限らない場合もあり得ると言うことです。(権利上の斜面地の私有とは関係なく、擁壁のみは都道府県などが施工して保有しているケースもあります。)

だからこそ、境界確定書や越境覚書を整備することは大切なのです。

複雑な背景・経緯で、売買に先立って境界確定や越境覚書の書面化をすることに無理がある土地ならば、買主は責任の範囲が曖昧なリスクを許容できるレベルかどうかを判断するしかないですが、昨今は書面化できるはずなのに、面倒だからと書面化しない風潮になっていると思います。

買主の立場からは、そのときが売り手市場か買い手市場かのパワーバランスは考慮する必要はありますが、自分を守るためにできるだけ境界確定や越境覚書の書面を取得すべく行動することが大切だと思います。

万一、隣接地の擁壁が崩れて来て被害を受けた時、境界確定書などで権利関係を明確にしておけば、訴訟等において責任の追及もしやすくなるというものです。

③保険料を節約しようとする

ひと昔前において不動産会社は、なるべく火災保険の不要な特約などは省くように勧めたりしたものでした。もちろん物件ごとにリスクも異なり、人それぞれの考えのもとに省く判断があってもよいとは思います。

しかし、近年の異常気象において、保険の重要性は高まっています。特に崖・擁壁を含む物件を購入するのであれば、リスクに応じた保険の加入は必要だと思います。

そもそも論ですが、「崖・擁壁」等は火災保険の対象外であることを認識せねばなりません。

もし火災が起きたとして、建物を再建築するために火災保険は極めて有効な手段ですし、担保権者の立場として金融機関も加入を条件にするのは、ある意味当然です。

しかし、もし水災が起きたとして、崖・擁壁が崩れても、その修復の費用が出るわけではありません。崖や擁壁は対象外であると、大抵の場合、約款に記載されています。台風等の水災が原因なら一定の水災補償が出る(特約を省いていない場合)としても、おそらく擁壁再構築の費用を満たすほどの保険金が出ることは無いでしょう。

災害が実際に起きた場合にオーナーが被るだろうと考えられる最悪のケースを想定してみましょう。

1)危険なため入居者が退去し、工事が終わるまでの相当長期間、賃貸収入が途絶える。
2)事故直後の緊急的な工事は割高で、入居者への補償、隣接地権者への補償など、賠償責任も相当に負う。
3)擁壁の修復工事の見積もり額が想像以上に高い。斜面地にある立地なので、重機も入れず工事が難航する。

こうして事例を見ると、決して火災保険でカバーできるような話ではなく、そのことは肝に銘ずるべきです。
仮に経済的に余裕のある投資家の方で、十分な保険金を得られないことも覚悟するにしても、賠償責任に備える必要性から、別途、施設賠償責任保険などへの加入は必須であろうと、われわれは考えており、最近では、お客さまに推奨させていただくケースがあります。

④ハザードマップを確認していない

「ハザードマップを必ず見てください。」と、特に初心者の不動産投資家に対して私たちは申し上げています。

その細かい見方などを解説するのは省略しますが、ここで申し上げたいことは、ハザードマップというものを、広く地図として俯瞰して見ることの重要性です。

例えば、下図は同縮尺の2カ所(横浜市中区元町周辺、横須賀市田浦周辺)を並べてみましたが、俯瞰して見た印象だけでも、レッドゾーン(土砂災害特別警戒区域)やイエローゾーン(土砂災害警戒区域)等の分布の相違を感じ取れるのではないでしょうか。

ハザードマップを俯瞰して眺めることは、土地勘を養うことの一助になるはずです。

ハザードマップ
出典:神奈川県土砂災害警戒情報システムより(2022/10/28時点)

前編、後編にかけて擁壁を巡る問題点と所有者責任について触れてきました。物件を見る際にはぜひ心に留めていただきたいと思います。

シニアコンサルタント 真保雅人
(大学卒業後、鉄道会社約4年を経て1989年5月オリックス株式会社に入社し、投資用不動産ローン業務を約10年担当。その後、オリックス不動産株式会社にて約10年間の賃貸マンション用地仕入開発業務経験を経て、2010年11月オリックス銀行株式会社に出向。オリックス銀行では投資用不動産ローン業務に責任者として約10年従事し、現在に至る。)
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