【第7話】擁壁がある物件の問題点 前編
近年の異常気象により災害は激甚化していて、災害リスクについて考えることは不動産を購入するうえで欠かせない要素になってきました。
宅建業法においても、2020年8月からハザードマップに関する説明が不動産会社の義務として付け加えられました。
新たな義務となったのは主に河川氾濫などの水害に関してですが、実はそれ以前から土砂災害警戒区域等への指定状況は説明事項とされていて、決してその時に始まったわけではありません。
とはいえ、現実問題それまでは多項目に及ぶ重要事項説明の中でさらりと語られる程度だったため、一般の買主にどこまで重く受けとめられていたのかは疑問です。
しかし、近年の自然災害の頻発化に伴ってハザードマップが注目され始め、一般の人々も気にするようになり、しっかり伝えなければという気運が不動産業界に醸成されてきたことは、とてもよいことだと思っています。
崖地に建つ物件の擁壁の問題
さて、不動産投資の対象になる賃貸アパートなどは、平坦な土地にあるとは限りません。
特に、丘陵地まで市街化形成された都市(例えば横浜市など)においては、坂の途中にあったり、背後に大きな崖があったりする物件が数多く存在します。極端なものは、断崖絶壁の際に建つような、実際に現地で目のあたりにして驚くような物件もあります。
これらの物件は、基本的には「擁壁」などが構築されて、安全に造られている「はず」なのですが、本当に問題ないのでしょうか?
擁壁とは?
擁壁(ようへき)とは:宅地を造成する際などに土砂が崩れるのを防ぐために設けるコンクリートやブロックからなる壁のこと。
<代表的な擁壁>
既存の擁壁の安心性が揺らぐ3つの理由
実は、ニュースに取り上げられず、あまり知られていませんが、台風の後などには思っている以上に頻繁に擁壁崩壊事故などが起きています。
土砂崩れが起きるのは山間部のことで、人々が生活している市街化された場所は今まで長いこと大きな事故が起きていなかったから大丈夫だろう、と言う意見もありますが、決して安心はできないと考えています。
その理由は3つあります。
① 異常気象により、過去に例を見ないレベルの大雨がある。
② 高度成長期以前に整備されたインフラの老朽化が急速に進んでいる。
③ 新しい物件の中にも、擁壁工事などにおいて、違法にならない範囲で安全性を度外視して経済性を追求するような不動産業者に造られたものが散見される。
上記①②は、避けられない部分もありますが、③については不動産投資の大切な判断材料であり、しっかり見極められるようにすべき点です。今回は、その点に着目して擁壁の安全性についてお話ししていきます。
擁壁の安全性
「擁壁」に関する法的な規制は、自治体ごとの条例により相違する場合もあり、正確な言及は避けますが、共通することは以下のとおりです。
ここでは、合法であることと、安全性や投資判断合理性などが異なるという現実の一端をお見せします。
検査が不要=安全ということではない
高さ2m超の擁壁の築造には、原則、工作物としての建築確認・完了検査が必要です。この大原則は知っておいて損はありません。
2m超の擁壁がある場合は、建築確認・完了検査の証拠(それぞれ建築確認済証、検査済証などと言います)の有無を不動産会社や売主に質問してみると良いでしょう。
(厳密には開発行為や宅造法など別の法律に基づく場合もあり、「工作物の建築確認」がすべてではありませんが、ここでは詳細説明を省略します。)
さて、ここで強調したいのは、法律上の2mかどうかの線引きは、決して「2m以内なら安全」ということを保証している訳では無いことです。
むしろ、2mにわずかに欠けるぐらいの高さの擁壁が最も危ないと感じることが多いです。なぜならば、悪い言い方をすれば、2m以内は無法地帯だからです。
安全な工法で築造するのか、安上がりな手抜き工事をするのかは、すべて事業者の良心にかかっています。私見ですが、大手デベロッパーの分譲マンションのなどは信用できても、一棟アパートの開発業者のレベルには当たりはずれがあると思います。
コンクリートブロックは擁壁用ではないので注意
いろいろな物件を見ながら歩いていると、10段以内のコンクリートブロック(以下「CB」と略す)を積んだ垂直の擁壁を見かけることがあります。
一般的なCB1個の高さは20cmなので、2m以内にするためには10段以内なのですが、そもそもCBは「擁壁」用ではなく「塀」のためのものであり、それを積み上げて垂直の擁壁にすること自体、本来は認められていない工法です。
許容できるのは、せいぜい3~4段までで、近年は「塀」でも地震に備えて高さの基準が定められました。
正攻法で垂直擁壁を造るなら鉄筋コンクリート(RC)の擁壁にすべきですが、費用も高くなります。
だからこそ、事業者にとっては、法律上の規制が無い範囲で安く仕上げよう、手抜き工事をしよう、という考えになりやすいのです。
例えば、仮に、元の「崖」の高さが2.5mの場合に、背後に幅を持たせて高さ50cm分を斜面にしてうまく合わせ、擁壁部分を2m以内に抑えて確認申請を逃れたり、たとえ元の「崖」の高さが4m弱あっても、二段の擁壁に分けて各々を2m以内にして逃れたりと、さまざまな手法が使われるのです。
後者は俗に「二段擁壁」と呼ばれ、安全ではない擁壁構造の一例とされています。
もちろん、施工は擁壁も含めて安全であることが大前提なので、このように、安く仕上げることや手抜きが優先されないように気を付けなければならないのです。
建築確認と完了検査・検査済証は安全性を証明するものではない
建物の建築確認と完了検査・検査済証があれば擁壁の安全性もチェックされていると信じてしまいがちですが、現実は必ずしもそうではありません。
建築確認申請を経て、対象の建物が完了検査を受け、検査済証が発行されていれば安心ですし、金融機関もそれらを基礎的な融資可否判断の材料の1つにしています。
しかし、必ずしも安全性を証明しているものではありません。例えば、話題になった「則武地所」の階段の手抜き工事による施工不良の事件においても、見抜けるものでは無かったことが明白になっています。(このテーマは別の機会にあらためてお話しします。)
また、「擁壁」は原則として建物に含まれていないため、完了検査の検査機関の責任の範囲外であることも多いです。
確認申請の際、検査機関は現地で実際の土地と照らし合わせてチェックしている訳ではありません。建築確認で見るのは建物が基準法に合っているかどうか、完了検査で見るのは図面どおり造られているかどうかなので、建物以外の周囲の「擁壁」が当初の図面と多少異なっていても、よほどの相違がない限り、指摘する責任はありません。
建築確認とは、基本的に設計の際の建築士の判断に依存した制度なので、擁壁に関していえば、古いものであっても建築士が「安全」と断言すれば安全なものとして扱い、それに応じた設計がされるのです。
仮に、建築士が擁壁を安全とみなしたことに、検査員が完了検査の際に後から疑問を持ったとしても、判断は建築士の責任であり、検査機関の責任ではないのです。このため、倫理観の欠如も起きやすいのが現状です。
建築士もビジネス上は不動産会社から仕事を受注する立場であり、ある程度は事業主の意向を汲まざるを得ないこともあります。
中には、儲け優先の不動産業者に忖度して、安全でない擁壁を安全と断言したり、隣接地の崖や擁壁の高さをごまかして図面に描いていたり(ここでは詳細は触れませんが隣の崖の高さなどが建物の設計に大きく影響を与えるのです)、少し度を越しているのではないかと思われる作為的な事象を、私自身、過去にいくつか目にしたこともありました。
古い擁壁がある物件の買主側の将来リスク負担
自宅だった土地などを一般の所有者から買い上げ、その土地にアパート新築して販売する不動産会社の立場と、それを買おうとしている一般の不動産投資家の立場になって考えてみましょう。
先ほども申し上げましたが、建築士の判断により安全とされた擁壁なら、建築確認申請にて、そのまま古いものを生かした設計でもよいのです。
しかし、もし安全でないと判断されたら、古いものを取り壊して新たに造り直さなければならず、それには大きな費用が掛かります。
だからこそごまかすようなことが起こりやすいのですが、それは論外だとしても、例えば良識的判断の範囲であっても、多少懸念ある古い擁壁をそのまま生かした物件が売り物になることは、よくあることです。
本来、一般の投資家に対してプロが商品設計をするのであれば、顧客第一の考えに基づいて、購入者に将来負担させるものではなく、完璧に近い投資商品を作り上げるべきだと思います。
プロが費用をかけて安全な投資商品に仕上げて一般の投資家に売っていく、という経営思想を持っていただくのが理想です。
しかし、現実には、不動産は千差万別であり、規格がある工業製品ではないので、完璧ではない投資商品が作られ、完璧なものと価格差なく流通することはよくあります。市場の価格形成の過程において、その価格差が反映されるような仕組みになっていないのです。
◆将来負担が必要になるかもしれない擁壁がある物件と、平坦な土地にある物件とで、入居者の賃料に大きな差が付く訳ではありません。すなわち、もし利回りのみが物件価格形成のための大きな要素だとしたら、どちらの物件も理屈上はほぼ同じ販売価格になってしまいます。しかし、購入者にとっては、擁壁修復工事の費用負担という将来のリスクが格段に異なるのです。
【参考】
<擁壁を補修・再構築する際の費用の目安>
高さ3mの擁壁を10m分施工した場合を想定(諸経費率6割で算出)
・補修
吹付工法:30万円
法枠工法:90万円
沿打工法:110万円
・再構築
重力式コンクリート擁壁工法:240万円
練石積み造擁壁工法:550万円
この問題の市場原理に基づく理論的な考えは、将来負担相当額が値引きされるべき、と言うことです。しかし、残念ながら現実にはそういう良心的な対応はほぼありません。
本来は、新築の業者はリスク分を差し引きした計算で、元々の用地仕入れをすべきなのです。事実として、市場での価格形成過程において、古い擁壁を抱えた土地は処分を急ぐ事情もあり、結果的に割安に用地仕入れができることもあるようです。
もしそのように安く仕入れることができて、古い擁壁をそのままで売るのであれば、本来その分を買主である一般投資家の側に還元すべきというのが市場原理のあるべき姿だと思います。
ところが、何も知らされずに、通例の平坦地物件と同水準の利回り逆算価格で買主である一般投資家が買ってしまうのだとしたら、極端に言えば、先送りした将来負担リスクを投資家が押し付けられているとも考えられるのです。
われわれ金融機関も、物件の評価手法において利回り要素ばかりに重点を置き過ぎて、このようなリスクを忘れてしまいがちですが、数字だけではなく、実物をきちんと見極めるべきだと思っています。
長くなりますので、今回はここまでとしますが、擁壁を巡るリスクは将来の修復工事費用にとどまりません。擁壁が崩れて他者に被害が生じた場合には管理者責任を問われるリスクもあります。次回はその点について触れていこうと思います。
次回記事はこちら 【第8話】擁壁がある物件の問題点 後編 |
シニアコンサルタント 真保雅人 (大学卒業後、鉄道会社約4年を経て1989年5月オリックス株式会社に入社し、投資用不動産ローン業務を約10年担当。その後、オリックス不動産株式会社にて約10年間の賃貸マンション用地仕入開発業務経験を経て、2010年11月オリックス銀行株式会社に出向。オリックス銀行では投資用不動産ローン業務に責任者として約10年従事し、現在に至る。) |
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