元ローン担当者の少しマニアな独り言

不動産関連業務キャリア数十年のオリックス銀行元ローン担当者が、いままでの経験から皆さまに知っていただきたい不動産のお話を連載で綴っていきます。  

第1話
「買主が不利になっているかも?知っておくべき売買契約の売主責任など」

2021年4月に起きた東京都八王子市のアパートの階段崩落は痛ましい事故でした。仮に手抜き工事が原因であったとすれば、それが簡単に見逃されてしまう実態はどこかおかしいのではないでしょうか。被害者の方のご冥福をお祈りするとともに、何らか社会の在り方が改善されてゆくことを期待したいと思います。

さて、この階段の崩落事故による責任を誰が負うこととなるのかとは少々別の話となりますが、一般的に、建物の不具合など(例えば雨漏り)がある物件を購入した買主は、売主に対してどのような責任を求めることができるのでしょうか。

今回は、私が今までアパートローンを取り扱うときにお客さまの売買契約書を確認していて気掛かりに感じたことを、少々お話ししたいと思います。その前に、まず一般論としての売主の法的責任からお話させてください。

建物の不具合などについて売主が負う法的義務

もしも皆さまが建物の不具合などがあることを知らずに物件を購入してしまった場合、その不動産の売主に対して「わたしが契約した内容と違う!」と主張することができます。

そして、契約した内容と違う場合には、民法上の「契約不適合責任」(旧:瑕疵担保責任)として、買主は売主に対して「履行の追完請求権(補修)」「代金減額請求権」「損害賠償請求権」「解除権」の権利を行使することが可能となるのです。

この権利を行使するためには、買主が契約不適合を知ったときから1年以内に売主に通知する必要がありますが、「知った」時期そのものの期限は限定されていません(民法第566条)。

さて、法律に詳しい方はご存知と思いますが、民法のこの規定は任意規定ですので、原則として、売主と買主とが合意さえすれば、契約不適合責任を負わない特約も、期限を設ける特約も、責任の範囲を限定する特約も有効です。

ところが、宅地建物取引業者(宅建業者)が売主で買主が一般個人の場合においては宅地建物取引業法(宅建業法)で厳しく制限されています。宅建業者が売主で一般個人が買主の場合、「買主が契約不適合を知ったときから1年以内に売主に通知する」という通知期間を、「買主が売主から引き渡しを受けたときから2年間」に短縮することは許容されていますが、それ以外の買主にとって不利な特約は「無効」となり、「無効」となった場合には民法が適用されることになります(宅地建物取引業法第40条)。(図1参照)

つまり、売主が宅建業者である限りにおいては、売買契約書にどんな特約が付いていたとしても、皆さまは契約不適合責任を売主に追及する権利を「必ず」持っているのです。

(図1)
第1話_挿入図

建物が新築である場合と中古である場合の違い

民法の規定のほかに、建物が新築である場合には「住宅の品質確保の促進に関する法律」(品確法)に基づき、売主は買主に建物を引き渡したときから10年間、構造耐力上主要な部分および雨水の侵入を防止する部分(建物の躯体や屋根)についての契約不適合責任を負います。

新築建物の売主が宅建業者である場合には、品確法の履行資力を担保するために「保険」もしくは「供託」のどちらかの措置をとることが法律で義務づけられていますので、仮に売主が将来倒産などしたら元も子もありませんが、支払の資力に一応の安心感は得られます。皆さんが宅建業者から新築物件を購入したときには、大手不動産会社に見られるような供託の措置がとられている場合を除いて、付保証明書が交付されるはずです。

一方で、建物が中古である場合には品確法は適用されません。ただし、保険に関しては、新築時に建物を買主に引き渡したときから10年以内の中古物件であれば、元々の新築時の所有者が権利を持っていた保険を承継できる可能性があります。

気を付けなくてはならないのが、物件の売買に伴って当然に承継される性質のものでもなく、書面を交えた面倒な手続きが必要となるものゆえ、その保険承継に関して、不動産会社が買主に対して特に伝えたり説明をしたりすること無く、売買手続きの上でスルーしてしまっているケースがそれなりに多いのではないかと想像します。

私が売買契約書を確認していて気掛かりに思うこと

さてここからが、ある意味、本題です。
買主の方が損をされているのではないかと思う残念な事例をいくつか紹介します。

<宅地建物取引業法上の契約不適合責任>

宅建業者が売主の場合、「契約不適合責任を売主に通知できる期間」を「引き渡しの日から2年」と謳う基本的な売買契約書式を使っている例がほとんどであり、それが業界標準となっていますが、稀に、契約不適合責任を謳わない、もしくは期間や責任範囲を限定した文言にしてしまっている事例を見かけます。

この事例は、一般個人が売主の場合に使うべき定型書式(責任の期間を引き渡しから3カ月、責任の範囲を雨漏りと白アリ被害に限定、などの条文の例が多い)を誤って使ってしまった場合などに時々起こり得ます。

先ほどお話したとおり、宅建業者が売主の場合には、契約不適合責任を契約に謳わなくても、そもそも民法の規定により半永久的に売主は義務を負うことになりますし、買主に不利な特約をしたら無効になりますので、買主にとってはある意味有利と言えます。

「結果的に買主に有利になるなら、どのように書かれようが問題無いじゃないか」と思われるかもしれませんが、このことをご存知で不動産業者に抗弁できる方は、どれほどいらっしゃるでしょうか?法律に詳しくないであろう一般の人にとって、期間や責任の範囲を限定される書き方をされて、本当にそれで良いのでしょうか?

なぜそのように気掛かりに思うかと申しますと、後日何か問題が発生しても、「売主は引き渡し完了日から3カ月以内に請求を受けたものに限り責任を負う」と書かれている契約書を読み返してみて、既に期間が過ぎていたとしたら、売主に対して物申すこと自体を諦めてしまう人が出かねないからです。

それだけならまだしも、売主に問い合わせたら(売主に悪意があるかどうかはわかりませんが)「契約書に書いてある3カ月を過ぎたから、もう義務は無い」と言われるかも知れず、その対応を聞いて泣き寝入りしてしまう人もおられるかもしれないからです。

<中古物件売買の場合の瑕疵担保責任保険の承継>

先ほどお話ししたとおり、中古物件(新築時に建物を買主に引き渡したときから10年以内の中古物件)の保険の承継は、義務でもなく、売買に伴って当然に承継されるものでもないので、仲介業者さんなどの誰かが言いださない限り承継の手続きは省略されがちです。

最初の転売では保険が承継されていても、何度も転売が繰り返されれば途中で承継が途切れてしまうことも起こり得ます。前回の売主から今回の売主に保険が承継されていないケースなら諦めざるを得ないのですが、買主の方には、保険が承継されるかどうかの説明すらされていないことが実態としては多いのです。果たして、そのような慣習で良いのでしょうか。

売買契約書を締結する前に、買主の側からぜひとも保険の承継について主張していただきたいと思います。

<品確法の盲点を突いて、売主の義務を逃れる行為>

そもそも品確法は「新築」の「自宅」を想定して作られているため、アパートなどの貸家のことが想定されていないことが問題です。

実は、一度入居者が入った建物は、法律上「新築」ではなく「中古」と定義されてしまいます。新築アパートを売るアパート業者が、一部屋でも入居を先行させてから売買契約を締結して建物を引き渡した場合には、品確法の契約不適合責任は当然には適用されないのです。この話をどう思われますか?

アパート購入者に収益性の安心感を与える意味で、賃貸付けを先行して入居させることは悪いわけではありません。良識的なアパート業者は、先行して入居させても、品確法の義務を負うと売買契約書上で謳っています。しかし、一方では、「アパート購入者のために賃貸付けを先行させました」という顔をして、裏では、入居者を入れて敢えて中古物件に仕立てて10年間の契約不適合責任の義務を逃れることを狙っているという、やや狡い業者も存在しているようです。

以上、今回は、法律を知らないことで買主の方が不利になる可能性がある一例をご紹介しました。これから不動産投資家になられる皆さまのお役に立ちたいと切に願い、今回の筆をおきます。

シニアコンサルタント 真保雅人
大学卒業後、鉄道会社約4年を経て1989年5月オリックス株式会社に入社し、投資用不動産ローン業務を約10年担当。その後、オリックス不動産株式会社にて約10年間の賃貸マンション用地仕入開発業務経験を経て、2010年11月オリックス銀行株式会社に出向。オリックス銀行では投資用不動産ローン業務に責任者として約10年従事し、現在に至る。
manabu不動産投資に会員登録することで、下の3つの特典を受け取ることができます。

①会員限定のオリジナル記事が読める
②気になる著者をフォローできる
③気になる記事をクリップしてまとめ読みできる

>>【PR】オリックス銀行の《借入条件の目安シミュレーション》

借入対象不動産の情報とお客さま情報を掛け合わせて算定する、借入条件の目安シミュレーション。
当社所定の条件を満たしている場合、借入可能額の目安や借入最長期間を試算することができます。
その後、借り入れの詳細を確認したいお客さま向けに、当社担当者が応対する《相談受付》機能も備えています。ぜひお試しください。
※シミュレーション結果で算出された借入条件は、あくまで目安であり、実際の借入を約束するものではありません。
※借入に際しては所定の審査が必要です。

- コラムの注意事項 -

本ページの内容については、掲載当時のものであり、将来の相場等や市場環境等、制度の改正等を保証する情報ではありません。